大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)17号 判決
主文
一1 原判決中、控訴人の被控訴人大津地方法務局長浜支局登記官両名に対する補助参加人本願寺別院大通寺の代表役員花邑晃慧、補助参加人本願寺別院の代表役員能邨英士及び補助参加人両名の各代表役員松山成慶の各就任登記処分の取消請求を棄却した部分を取り消す。
2 右部分につき、控訴人の訴えを却下する。
二 その余の本件控訴を棄却する。
三 控訴人と被控訴人大津地方法務局長浜支局登記官両名間に生じた第一、二審の訴訟費用、控訴人と被控訴人大津地方法務局長間に生じた控訴費用及び第一、二審の補助参加費用はいずれも控訴人の負担とする。
事実
第一 申立
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2(一) 大津地方法務局長浜支局登記官がした次の登記処分を取り消す。
(1) 昭和六〇年二月二二日、補助参加人本願寺別院大通寺の代表役員控訴人の解任登記及び同代表役員花邑晃慧の就任登記
(2) 同日、補助参加人本願寺別院の代表役員控訴人の解任登記及び同代表役員能邨英士の就任登記
(3) 同年一一月二六日、補助参加人両名の各代表役員松山成慶の各就任登記
(二) 大津地方法務局長が、大津地方法務局長浜支局昭和六〇年二月二二日受付第九号補助参加人本願寺別院大通寺の代表役員及び同日受付第一〇号補助参加人本願寺別院の代表役員各変更登記申請事件につき、同支局登記官が行った登記実行処分に対する控訴人の審査請求を棄却した裁決を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 主張
次のとおり補正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 三枚目裏四行目冒頭の「(一)」を除き、五行目の「法人である」の次に「補助参加人」を加え、九行目から一二行目までを除く。
2 四枚目表一行目の「被告太田登記官」を「大津地方法務局長浜支局登記官(以下「本件登記官」という。)」に、三行目の「滋賀」から「関する」までを「大通寺」に、六行目の「同県」から末尾までを「五村別院」に、九行目の「被告平谷」を「本件」に、同行の「大通寺」から一〇行目の「関する」までを「両別院の各」にそれぞれ改める。
3 四枚目裏一行目の「(四)」を「(三)」に、二行目の「(五)」を「(四)」にそれぞれ改め、三行目の「あるので、」の次に「宗教法人法六五条の準用する」を加え、六行目から六枚目裏一〇行目までを次のとおり改める。
「(一) 大谷派規則附則2の不拘束
(1) 包括法人である真宗大谷派は、昭和五六年六月一一日改正前の『真宗大谷派宗憲』(以下「旧宗憲」という。)で「管長が両別院の住職を任命する」旨規定していた。
(2) 一方、被包括法人である両別院は、認証を受けた規則である『宗教法人「本願寺別院」規則』及び『宗教法人「本願寺別院大通寺」規則』(以下両者併せて「両別院規則」という。)六条二項で「住職は、宗憲により、教師のうちから、真宗大谷派の管長が任命する。」と規定し、いわゆる受皿規定(相互規定)が存在する。
(3) ところが、右改正後の『真宗大谷派宗憲』(以下「宗憲」という。)は管長制度を廃止し、昭和五六年八月一八日変更された『真宗大谷派規則』(以下「大谷派規則」という。)の右変更附則2(以下「附則2」という。)で「この法人が包括する法人の規則中、真宗大谷派の管長の職務に属する事項は、真宗大谷派の宗務総長が行うものとする。」と規定した。
(4) しかしながら、認証を受けていない宗憲は両別院規則六条二項に劣後するものであるから、宗憲に基づく管長の廃止は両別院に対し何らの効力を生ずるものではなく、両別院は宗憲に基づく管長の廃止を認めない。また、大谷派規則附則2の制約規定が両別院を拘束するためには、両別院において、これに対応する具体的・個別的な受皿規定を定めることが必要であるにもかかわらず、両別院規則六条二項は変更されていないし、両別院規則四七条の「宗憲及び大谷派規則中この法人に関係がある事項に関する規定は、この法人についても、その効力を有する。」との抽象的規定をもって、具体的・個別的な受皿規定と解することはできず、結局のところ、大谷派規則附則2と両別院規則とは抵触している。
(5) しかるところ、宗教法人法二六条、三〇条の規定からして、包括法人の規則が被包括法人を制約するのは、被包括法人の規則と抵触しない限りにおいてであり、抵触する場合には、被包括法人の規則、本件にあっては両別院規則が優先すると解するのが被包括法人の自律性・自主性に適合するものであり、従って、大谷派規則附則2の制約規定は両別院を拘束しない。
(6) なお、大谷派規則二七条二項で「別院の代表役員は、宗憲に定める当該別院の輪番をもってこれに充てる。」と規定しているが、この規定も、附則2と同様両別院規則と抵触し、右規則が優先するから、両別院の住職の資格ひいては代表役員の地位に何ら消長をきたすものではない。
(二) 特措条例の無効ないし不拘束
真宗大谷派は、昭和六〇年二月一七日『別院住職の選任に関する特別措置条例』(以下「特措条例」という。)を制定し、その一ないし五条で「この条例による別院の住職は、特命住職と称し、特命住職は、本派の教師である宗務役員のうちから内局が選定し、参与会及び常務会の議決を経て、宗務総長が任命し、特命住職の就任が決定したときは、現に就任している当該別院の代表役員たる住職は同時に解任されたものとし、特命住職は、代表役員たる住職となる。」旨を規定した。しかしながら、特措条例は、次の理由により、無効のものであるか、或いは被包括法人である両別院に対する制約根拠規定になりえず、両別院を拘束するものではないというべきである。
(1) 特措条例は、宗憲及び大谷派規則の下位規範であるから、これに違反する定めをすることができず、かかる定めをしても無効というべきところ、宗憲七四条二項及び大谷派規則二七条二項は、いずれも「別院の代表役員には輪番がなる。」旨規定しているにもかかわらず、特措条例は、右各規定に違反して「特命住職が代表役員になる。」旨規定しているから、無効である。
(2) 「宗務総長が特命住職を任命し、現に就任している当該別院の代表役員たる住職は同時に解任されたものとする。」旨の特措条例の規定は、両別院の代表役員に関する制約事項であるから、宗教法人法の規定上所轄庁の認証を受けなければ効力を持たないにもかかわらず、所轄庁の認証を受けていないから、無効のものであるか、或いは被包括法人である両別院に対する制約根拠規定になりえず、両別院を拘束するものではないというべきである。
(3) 宗憲七七条には、「……住職……に関する事項は、条例で定める。」と規定して制約事項を下位規範に委任しているが、かかる委任は制約事項を規則に定めて所轄庁の認証を受けることを求めた宗教法人法二六条の脱法行為であって、許されない。
(4) 特措条例の制約規定が両別院を拘束するためには、両別院規則において、これに対応する具体的・個別的な相互規定の存在が必要であるところ、これが存在しないことは、大谷派規則附則2についてと同様であるから、特措条例は両別院を拘束しない。また、両別院規則四七条の包括的相互規定は、宗憲及び大谷派規則のみを制約根拠規定としているものであるから、特措条例は制約根拠規定とはなりえず、両別院はこれに拘束されない。
(5) 両別院規則と特措条例とが抵触するときは、認証を受けた両別院規則が認証を受けていない特措条例に優先するものであるから、両別院は特措条例に拘束されない。
(三) 無効原因と存在と無効原因審査の範囲及び程度等
(1) 以上のとおり、大谷派規則附則2及び特措条例は、宗教法人法の認める自律性違反、認証規則の優先、相互規定違反等々の原因により無効のものであるか、或いは両別院に拘束力を持たないものであり、これらの諸規範を根拠として、花邑及び能邨をそれぞれ両別院の代表役員に就任させ、控訴人を両別院の代表役員を解任した所為は無効であり、従って、本件登記処分(一)には無効原因がある。
(2) 登記官による右無効原因の調査は、登記簿、申請書及びその添付書類のみに基づいて調査すれば足るものではないし、無効原因が明白であることを必要とするものでもないが、かかる要件が肯定されるとしても、宗教法人法、両別院規則、大谷派規則、宗憲及び特措条例を適正に解釈することにより容易に無効原因を肯定しうるものであり、登記官の審査義務の範囲内であって、登記官にかかる審査義務を認めても決して不当ではない。」
4 六枚目裏一一行目冒頭の「(五)」を「(四)」に改める。
5 七枚目表五行目の「被告竹本」を「大津地方」に改める。
6 七枚目裏一行目「被告太田」を「本件」に改め、四行目の「前記3(一)、(二)の」を除き、七行目の「前記3(三)記載の」を「特措条例に対応する受皿規定が存在しないという」に、九行目の「原告解任には」を「控訴人の解任が」に、一〇行目の「原処分」を「本件」にそれぞれ改める。
7 八枚目表一行目の「(一)」から末尾までを「は知らない。」に改め、九行目の「現行の」を除き、同行から一〇行目にかけての「両別院条例」を「『別院条例』」に改める。
8 八枚目裏一行目の「宗教法人」と、五行目の「本件」とをいずれも除き、八行目の「両別院の規則」を「両別院規則」に改める。
9 九枚目表一行目から二行目にかけての「宗教法人」と、七行目の「該」とをいずれも除く。
10 九枚目裏一行目の「晃慧」と「英士」とをいずれも除き、四行目の「請求の趣旨第1、2項の」を「本件各登記処分の取消を求める」に改め、五行目から一〇枚目表三行目までを次のとおり改める。
「(一) 本件登記官のした本件各登記処分の実質は、公証行為の範疇に属するものであり、控訴人の代表役員たる地位を喪失させ、花邑、能邨及び松山にこれを取得させる形成的効力を持つものではないし、確認的効力すら有しないものである。控訴人が主張するように、控訴人の代表役員の解任が無効のものであれば、これを原因ないし前提とする本件各登記も当然無効のものであり、何らの効力を持つものではないから、本件各登記処分の取消を求める訴訟の実質は、本件各登記の無効宣言を求める趣旨の無効確認訴訟であり、行政事件訴訟法三六条の適用がある。そうすると、控訴人は本件各登記処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する民事訴訟によってその目的を達することができるのであるから、本件登記官に対する本件訴えは不適法である。
(二) 宗教法人の代表役員は一名に限られるところ、現在両別院にあっては、藤田智賢が代表役員として登記されているので、商業登記法二四条三号により、本件各登記処分が取り消されても控訴人を代表役員とする登記を回復することはできず、不能を求めることに帰するから、本件登記官に対する本件訴えは不適法である。
(三) 花邑、能邨及び松山は既に両別院の代表役員を辞任又は退任し、就任登記は抹消されているから、その登記処分の取り消しを求める訴えの利益はなく、本件登記官に対する右部分に関する本件訴えは不適法である。」
11 一〇枚目裏二行目の「被告太田」を「本件」に、三行目の「受け取った」を「受け付けた」にそれぞれ改める。
12 一一枚目表四行目全文を「大通寺規則抜粋」に改め、五行目の「別院住職の選任に関する」と、六行目の「真宗大谷派」とをいずれも除き、七行目全文を「大谷派規則」に、末行の「二項」を「2」にそれぞれ改め、同行の「真宗大谷派」を除く。
13 一一枚目裏二行目と四行目の各「真宗大谷派」を除く。
14 一二枚目裏六行目と八行目の各「被告太田」をいずれも「本件」に、九行目の「受け取った」を「受け付けた」に、末行の「(1)ケ(ア)は、」を「(1)カは告示第六号、同ケ(ア)は」にそれぞれ改める。
15 一三枚目裏二行目の「被告太田」を「本件」に、四行目から五行目にかけての「被告登記官ら」を「本件登記官」に改める。
16 一四枚目表一行目の「大通寺及び五村別院」を「両別院」に、三行目から四行目までを「本件登記処分(二)も適法である。」にそれぞれ改める。
17 一四枚目裏一行目の「被告登記官らの登記処分」を「本件登記処分(一)」に改め、七行目から一〇行目の「ところで、」までと、同行の「住職」とをいずれも除く。
18 一五枚目表四行目の「改正」を「『」に改め、五行目の「条例」の次に「『」を加える。
19 一五枚目裏六行目の「総長、議長として」を「いずれもそ」に改め、八行目の「大谷」の前に「『」を、「条規」の次に「』」をそれぞれ加える。
20 一六枚目表一行目の「規定とは」を「規定と」に、三行目、八行目及び一〇行目の各「議会」をいずれも「宗議会」にそれぞれ改め、一一行目冒頭から一二行目冒頭の「れたもの」までと、末行一番目の「無効」とをいずれも除く。
21 一六枚目裏一行目の「議会」を「宗議会」に改める。
22 一七枚目裏二行目の「大谷派の」と、四行目の「右の」と、一〇行目から一一行目にかけての「大谷派の法規である」とをいずれを除く。
23 一八枚目表一〇行目の「宗憲条例」を「宗憲、別院条例及び特措条例」に改める。
24 一八枚目裏三行目の「請求の趣旨第1、2項の」を「本件各登記部分の取消を求める」に、四行目から七行目までを次のとおり、一〇行目から一一行目にかけての「被告登記官」を「本件登記官」にそれぞれ改める。
「(一) 法人の役員登記は、機関構成員である役員個人の対外的・対内的地位、資格及び権能を公示する役割をも有しているものであり、この公示制度の有する効用を通じて保護される利益は、法律上の利益である。また、控訴人が本件訴訟で求めているのは、登記原因の無効に起因する本件各登記処分の取消であって無効確認ではなく、地位確認訴訟により控訴人の登記上の地位を容易に是正しうるからといって、本件各登記処分の取消を求める利益を否定されなければならない道理はない。
(二) 本件各登記処分が取り消されたならば、当然その後の代表役員に関する登記も無効なものとなり、控訴人の代表役員登記が回復されるものであるから、何ら不能を求めるものではないし、取消の利益がないことにもならない。
第三 証拠<省略>
理由
第一本件訴えの適否について判断する。
一原告適格について
被控訴人は、控訴人が両別院の代表役員を解任されてその地位にないので、原告適格を有しないと主張する。しかしながら、取消訴訟において原告適格を有するのは、処分の取消を求めるにつき「法律上の利益を有する者」であり、法律上の利益を有する者とは、当該行政処分によって法的に保護された利益を侵害された者をいうものであり、控訴人は、代表役員の地位にある者として主張するところ、本件登記処分(一)により、両別院の代表役員解任の登記を宗教法人登記簿に記載される不利益を受けたものであり、同登記簿の代表役員に関する登記には、宗教法人法八条により対抗力を付与されているものであるから、同法六五条によって準用される商業登記法(以下同じ)一一〇条一項、一〇九条一項、一一二条を根拠として、「登記された事項に無効の原因があること」即ち、本件登記処分(一)の原因となった両別院の代表役員である控訴人の解任の無効、並びに花邑、能邨及び松山の就任の無効を主張して本件登記処分(一)の取消を求める原告適格を有することは明らかであって、控訴人が実体上両別院の代表役員の地位にあるか否かにかかわりないというべきである。従って、被控訴人のこの点の主張は理由がない。
二訴えの利益等について
1 被控訴人は、両別院代表役員である控訴人の解任が実体上無効であるとしたならば、本件登記処分(一)の解任登記も当然無効のものなので、本件取消訴訟の実質は右解任登記の無効宣言を求める趣旨に帰するものであるから、行政事件訴訟法三六条後段の要件を具備しなければならないと主張する。しかしながら、両別院代表役員である控訴人の解任が実体上無効のものであるとしたならば、本件登記(一)も実体上何らの効力を持つものではないという意味において無効であるということはできても、そのことから直ちに右要件を具備しなければならないと解することはできない。なんとなれば、取消訴訟において主張されている行政処分の瑕疵が無効原因に当たると認められるときでも、あくまで当該行政処分の瑕疵の有無であって、それが重大かつ明白であるか否かは審判の対象になるものではないから、当該訴訟が無効確認訴訟に転化することなく、そうすると、無効確認訴訟に要求される行政事件訴訟法三六条後段の要件を具備する必要があると解する合理的根拠を見出すことはできないからである(その根拠が無効のものは取り消す余地がないというものであれば、観念的に過ぎるし、無効であることの宣言を求める趣旨であったとしても、当該訴訟の実質が無効確認訴訟であると解することはできない)。従って、被控訴人のこの点の主張は理由がない。
2 被控訴人は、現在両別院の代表役員として藤田智賢が登記されているから、本件登記処分(一)が取り消されても、控訴人の代表役員就任登記の抹消登記を回復することは不能であると主張する。しかしながら、宗教法人法一八条一項により、宗教法人の代表役員は一名に限定されているのであるから、本件登記処分(一)の控訴人の解任登記処分が判決で取り消されたならば、右取消判決の拘束力の結果として、控訴人の代表役員就任の抹消登記が回復され、右藤田の代表役員就任登記が抹消されるものであって、右登記が存在することの故に、控訴人の代表役員就任登記を回復することが不能になるものではない。従って、被控訴人のこの点の主張も理由がない。
3 被控訴人は、花邑、能邨及び松山の代表役員就任登記はいずれも辞任又は退任により既に抹消されているから、その抹消を目的とする本件訴えの利益はないと主張する。<証拠>によれば、大通寺の宗教法人登記簿には、昭和六〇年二月二二日に花邑の、同年一一月二六日に松山の、次いで昭和六一年七月二日に藤田智賢の各代表役員就任登記が順次経由されて現在に至っているものであり、既に花邑及び松山の各就任登記は抹消されたこと、五村別院の宗教法人登記簿には、昭和六〇年二月二二日に能邨の、同年一一月二六日に松山の、次いで昭和六一年七月二日に藤田智賢の各代表役員就任登記が順次経由されて現在に至っているものであり、既に能邨及び松山の各就任登記は抹消されたことがそれぞれ認められる。そうすると、本件各登記処分の取消を求める本件の訴えのうち、花邑、能邨及び松山の代表役員就任登記は既に抹消されているものである以上、その取消を求める訴えの利益はないというべきである。従って、被控訴人のこの点の主張は理由がある。
第二本案について判断する。
一1 控訴人が真宗大谷派の被包括法人である両別院の代表役員であること、本件登記官が昭和六〇年二月二二日両別院の代表役員である控訴人の解任登記(以下従前の用法と異なり右解任登記処分を「本件登記処分」という。)をしたことは、当事者間に争いがない。
2 ところで、本件訴えは、本件登記処分に商業登記法一〇九条一項二号にいう「登記された事項に無効の原因があること」を主張してその取消を求めるものであるところ、元来、私法上の実体関係における有効・無効は、関係当事者間における民事訴訟で確定すべきものであって、登記官が確定しうるものでないことはもとより、行政訴訟で確定すべきものでもない。それにもかかわらず、「登記された事項に無効の原因がある」ときに、商業登記法一一〇条一項、一〇九条一項、一一二条により、登記官が職権で抹消することを認めているのは、私法上の実体関係が関係当事者間における民事訴訟で確定するまでもなく明らかに無効である場合には、これを抹消することを認め、もって商業登記の信頼性を確保せんとする例外的措置というべきである。従って、「登記された事項に無効の原因があること」とは、右趣旨及び商業登記法上の登記官の審査権限は、登記簿、申請書及びその添付資料のみに基づいてする形式的審査にとどまるものである(最高裁昭和六一年一一月四日第三小法廷判決・裁判集民事一四九号八九頁参照)ことを考慮するならば、登記によって公示された私法上の実体関係に無効の原因がありさえすれば、いかなる場合においても職権による抹消登記の原因になるのではなく、登記簿、申請書及びその添付資料に基づいて、民事訴訟による実体的確定を待つまでもなく無効であることが明らかな形式的な違法事由が存在することを意味し、かかる違法事由の存在が認められる場合にのみ職権で抹消しうることとしたものであると共に、この場合にのみ右違法事由の存在を看過した形式的審査に基づく登記処分に瑕疵を認め、当該登記処分を抗告訴訟の対象にすることができるものと解するのが相当であり、無効原因を関係当事者間における民事訴訟で実体的に確定するのが相当と判断される場合には、職権による抹消登記をすることはできず、他方、当該登記処分に瑕疵ありとしてその取り消しを求めることもできないものである。
二そこで、本件登記処分に右の意味における無効の原因があるかについて検討する。
1 <証拠>によれば、本件登記官は、昭和六〇年二月二二日、両別院の申請(なお、便宜併記するが、申請自体は各別のものである。)にかかる各宗教法人変更登記申請書(乙第四、第五号証の各一)を受け付けたが、右各申請書の資料として、それぞれ大谷派作成の「任命書」写(同各証の各三)、花邑及び能邨作成の「代表役員就任承諾書」(同各号証の各四)、大谷派作成の花邑及び能邨が「宗務役員であることの証明書」(同各号証の各五)、大谷派作成の花邑及び能邨が両別院特命住職であることの「証明書」(同各号証の各六)、大谷派の花邑及び能邨が両別院特命住職であり、控訴人が両別院の住職を解任された旨の「告示第五、第六号」写(同各号証の各七)、「常務会議事録」写(乙第四号証の八、第五号証の九)、大谷派の「宗務職制」(乙第四号証の九、第五号証の一五)、大谷派の「別院条例」(乙第四号証の一〇、第五号証の一四)、「大谷派規則」(乙第四号証の一一、第五号証の一三)、「宗憲」(同各号証の各一二)、「特措条例」(乙第四号証の一三、第五号証の一一)、「両別院規則」抜粋(乙第四号証の一四、第五号証の一〇)及び「参与会議事録」写(乙第四号証の一五、第五号証の八)がそれぞれ添付されていたことが認められる。
2(一) 右に添付されていた被包括法人である両別院側の規範を見るに、両別院規則において、六条一項で「代表役員は、この寺院の住職の職にある者をもって充てる。」、同条二項で「住職は、宗憲により、教師のうちから、真宗大谷派の管長が任命する。」、四七条で「宗憲及び真宗大谷派規則中この法人に関係がある事項に関する規定は、この法人についてもその効力を有する。」とそれぞれ規定されている。
(二) 一方、同様の包括法人である真宗大谷派側の各規範を見るに、(1)宗憲において、管長に関する規定は一切なく(弁論の全趣旨によれば、管長制度は廃止されたと認められる。)、五条で「この宗憲は、本派の最高規範であって、この規定に反する規則、条例……の全部又は一部は、その効力を有しない。」、七三条で「別院に住職一人を置き、門首がこれに当る。ただし、門首以外の者を住職とすることができる。」、七四条一項で「別院に輪番一人を置く。」、同条二項で「輪番は、……宗教法人たる別院の代表役員となる。」、七七条で「……住職……に関する事項は、条例で定める。」とそれぞれ規定され、(2)大谷派規則において、二七条二項で「別院の代表役員は、宗憲に定める当該別院の輪番をもってこれに充てる。」、附則2で「この法人が包括する法人の規則中、真宗大谷派の管長の職務に属する事項は、真宗大谷派の宗務総長が行うものとする。」とそれぞれ規定され、(3)別院条例において、一八条で「別院の住職は、門首が兼務する。ただし、特に必要と認めるときは、新門又は連枝を住職とすることができる。」、二八条で「別院の代表役員は、輪番をもってこれに充てる。」とそれぞれ規定され、(4)特措条例において、一条で「この条例は、……宗憲七三条により……、別院条例一八条にかかわらず……別院に住職を選任するためのその資格、任命手続及び職務権限その他必要な事項に関する特別措置を定める。」、三条で「この条例による別院の住職は、特命住職と称する。」、四条一項で「特命住職は、本派の教師である宗務役員のうちから内局が選定し、参与会及び常務会の議決を経て、宗務総長が特命住職と称する住職を任命する。」、同条二項で「特命住職の就任が決定したときは、現に就任している当該別院の代表役員たる住職は同時に解任されたものとし、宗務総長は、その就任及び解任を告示するものとする。」、五条で「特命住職は、第一条の趣旨に基づき、当該別院規則にいう代表役員たる住職となる。」とそれぞれ規定されている。
3 右各規範に基づいて検討する。
(一) 両別院規則六条一項で、代表役員は、当該寺院の住職をもって充て、同条二項で、住職は、宗憲により真宗大谷派の管長が任命すると規定されているところ、宗憲には、管長制度について規定するところはなく、宗憲により真宗大谷派の管長が住職を任命する余地はない。しかしながら、大谷派規則附則2で、真宗大谷派の管長の職務に属する事項は、真宗大谷派の宗務総長が行うことになっているし、他方、両別院規則四七条で、宗憲及び大谷派規則中両別院に関係がある事項に関する規定は、両別院に効力がある旨、宗憲五条で、宗憲が最高法規であり、宗憲に違反する規範が無効である旨それぞれ定められているところである。次いで、宗憲七七条によれば、住職に関する事項は条例で定める旨授権しており、これに基づいて特措条例四条一項によれば、特命住職は、所定の手続を経て、宗務総長が任命し、同条二項によれば、特命住職の就任が決定したときは、現に就任している当該別院の代表役員たる住職は同時に解任されたものとする旨それぞれ規定している。しかるところ、前掲の各登記申請書の添付書類によれば、真宗大谷派は、特措条例に基づく要件・手続をすべて充足・履践したうえ、花邑を大通寺の、能邨を五村別院の各特命住職に任命したことにより、同人らがそれぞれ両別院の代表役員となり、従前の住職であった控訴人は、これにより両別院の住職、ひいては代表役員たる地位を解任されたという結論に到達することができる。
(二) 控訴人の主張の趣旨に鑑み、右各規定の相互関係等について若干敷衍する。
(1) 両別院規則六条一、二項は、住職という宗教上の地位にある者をもって、法律上の地位である代表役員に充てるといういわゆる充当制を定めたものであるが、包括法人である真宗大谷派が宗憲及びこれに基づく条例等の規範によって任命を許容するのは、右の規範が宗教法人法所定の所轄庁の認証のないものである(これは弁論の全趣旨に明らかである。)以上、あくまで住職という宗教上の地位であって、両別院の代表役員という法律上の地位ではない。従って、真宗大谷派が認証を受けていない規範によって両別院の代表役員を直接任命する旨規定しても、両別院に対して何らの拘束力を持つものではない。反面、包括法人である真宗大谷派が被包括法人である両別院に対し、宗教上の事項に関し、いかなる制約事項を設定するかは法の関知するところではないというべきである。そうすると、真宗大谷派は、宗教上の地位である両別院の住職を任命することにより、法律上の地位である代表役員を任命した結果を招来するけれども、それは両別院において自主的・自律的に右のような規則を制定したことに起因するものであって、何ら両別院の独立した宗教法人としての自主性・自律性に悖るものではない。被包括法人である両別院が包括法人である真宗大谷派のかかる宗教上の制約を排除したければ、右規則ないし被包括関係を廃止するほかはないというべきである。
(2) しかして、真宗大谷派側の宗憲七三条二項、別院条例二八条、特措条例五条、殊に大谷派規則二七条二項の各規定が直接両別院の代表役員を任命する趣旨であれば、両別院に対して何らの効力を持つものではないから、これらの規定は、両別院の宗教上の地位である住職の任免手続を定めた点にのみ意義があり、代表役員に関する定めは、両別院の住職に任命された者が両別院の代表役員に就任する結果になることを注意的に規定した以上の意義を認めることはできない。
(3) ところで、控訴人は本件登記処分に無効の原因ありとして、詳細、かつ、精緻な主張を展開するところである。右主張は、大部分が右(1)に説示した当裁判所の見解に反したものであって、採用し難いものであるとはいえ、その一部には傾聴すべき点もあり、関係当事者間における民事訴訟において、攻撃防禦方法を尽くしたならば、右(一)と別異の結論に到達する可能性がないとまでいうことはできない。しかしながら、右主張は、右登記簿、申請書及びその添付資料以外の資料に基づいている点が散見されるだけでなく、その内容は、専ら、両別院規則と、宗憲、大谷派規則及び特措条例との相互関係ないし制約・被制約関係による両別院に対する拘束力の有無、各規範の効力の優劣ないし有効・無効をいうものであり、いずれも登記官による登記簿、申請書及びその添付資料に基づく、形式的違法事由の存在に関する審査の権限・義務の範囲を逸脱した高度の法的判断事項であって、かかる高度の法的判断事項は、登記官の審査権限・義務の範囲に属するものではなく、関係当事者間における民事訴訟において主張・立証されるべきものであるから、控訴人の主張は到底採用し難い。
(4) そうすると、右登記簿、申請書及びその添付資料に基づいて検討する限りにおいて、宗教上の地位である両別院住職の任免に関し、宗教上の事項に関する最高規範である宗憲及びその授権を受けた特措条例に基づいて、花邑を大通寺の、能邨を五村別院の各特命住職に任命したことにより、同人らがそれぞれ両別院の代表役員となり、従前の住職であった控訴人は、これにより両別院の住職、ひいては代表役員たる地位を解任されたという結論に到達する過程において、「登記された事項に無効の原因があること」、即ち、民事訴訟による実体的確定を待つまでもなく無効であることが明らかな形式的な違法事由が存在するとは認め難い。
4 よって、本件登記処分には、「登記された事項に無効の原因があること」に該当する点は見出せず、本件登記処分の取消を求める請求は、理由がない。
三本件裁決の適法性に関する当裁判所の認定、判断は、原判決理由説示三項(二三枚目裏一〇行目から二四枚目表一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する(但し、二四枚目表三行目の「被告登記官ら」を「本件登記官」に改める)。
第三結論
以上によれば、控訴人の被控訴人大津地方法務局長浜支局登記官両名に対する花邑、能邨及び松山の各代表役員就任登記処分の取消を求める部分の訴えは不適法であるところ、原判決中これを適法として実体につき判断した部分は不当であるから、右部分を取り消してこれを却下し、その余の部分及び被控訴人大津地方法務局長に対する請求は失当として棄却すべきところ、原判決中これと結論を同じくする部分は相当であるから、右部分の控訴を棄却することとし、訴訟費用(補助参加費用も含む。)の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、九六条、八九条、九四条、一九五条二、三項(原審の補助参加費用に関する負担の裁判の脱漏)を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官舟本信光 裁判官井上清 裁判官渡部雄策)